世界は逆説で出来ている。

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気が重くて、仕方がないときに

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自分の設定したゴールに達している時の、感情になる、
 
 
感情の先取り
 
感情の先取りをするのと併せて、自分がそのゴールそのものになりきる。
 
 
なりきった自分(感情の先取りをしている)
なりきってない自分(目の前のことに振り回さている)
 
どちらも、「今」の自分には変わりがない。
 
 
でも、なりきった自分であれば、
 
どんな行動をするか?(どんな行動をしないか?)
どんな選択をするか?(どんな選択をしないか?)
どんなコトバを発するか?(どんなコトバを発しないか?)
どんな本を読むか?(どんな情報に触れないか?)
 
などなど、全く異なってくる。
 
 
現実には、なりきっていない自分が、なりきった自分(感情の先取りをしている)に、あれこれ、教えてもらう。
 
変な感覚ですか?苦笑
 
 
なりきってない自分であれば、気が重くて重くて仕方がないことが
たとえば、あったとして、
 
なりってしまった自分であれば、どんな感じで、どう対処するのか?
 
 

相反する2つの自分。
 
なりきった自分(感情の先取りをしている)
なりきってない自分
 
どちらか一方しか成り立たない。

なりきった自分を演っているうちに、「なりきってない自分」にだんだんと違和感を感じてくるようになる。
 

この違和感の先になにがあるか?
 
 
【衝動】を感じるんです。

3つのステップで説明したあれです。
 
 
あることに興味が湧いたり、無性にやりたくなったり、どこか(場所)が無性に気になりだしたり、行きたくなったり。

人それぞれだけど、こんな衝動を感じるようになる。
 
ここまでくれば、これらの衝動に、あなたはもう抗いようがなくなる。
 
 
勝手に、スイスイやるようになる。
 
 
行動力が・・・
自信がない・・・
 
そんなことを考える暇もなく。