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「10倍アホ」になって、「100倍成果」をあげるために

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「あんなことをするのは、アホがすることだ。」
 
と、内心思って、やらなかったことは、あなたがそれをすることで、他の人から「アホだなあいつ」と思われるのが嫌で、やらないということ。
 
であるかもしれない。
 
 
結局、現実は内面の結果であるとも言えるわけですね。
 
 
これが、ブレーキとなり、
やりたいけど、出来ない。
 
あんなことするのは、「アホがすることだ」と、自分に説得をすることでしないことを正当化しているわけです。

 
そうです。
皆さんご存知の、酸っぱい葡萄です。

 

あらすじ

お腹を空かせたは、たわわに実ったおいしそうな葡萄を見つけた。食べようとして懸命に跳び上がるが、実はどれも葡萄の木の高い所にあって届かない。何度跳んでも届くことは無く、狐は、怒りと悔しさから「どうせこんな葡萄は酸っぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか」と負け惜しみの言葉を吐き捨てるように残して去っていった。

解説

自分のものにしたくてたまらないにもかかわらず、努力しても到底かなわない対象である場合、人はその対象を「価値の無いもの」「自分にふさわしくないもの」と見なそうとし、それをあきらめの理由として納得し、心の平安を得ようとするものである。

フロイト心理学では、これを防衛機制および合理化の例とする。また、社会心理学においては、認知的不協和の例とされる。

英語には、この寓話を元に生まれた熟語として "sour grapes" があるが、これは「負け惜しみ」を意味する。


wikiより
 
 
 
「アホ」を例に挙げましたが、別に「アホ」でなくても、
 
あんなことをするのは、みっともない
あんなことをするのは、恥ずかしい
あんなことをするのは、下品だ
 
などなど・・・
 
 
 
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