世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

あげようとするモノを、あげようとしない方が良い理由。

あげようとしているモノってありますか?
 
収入
モチベーション
セルフイメージ
ステータス
評判
 
などなど・・・
 
 
何でも良いんですが、
一般的にはあげることを
良いとされていることってありますよね?
*だからこそ、自分も上げねば!と
必死になったり。
 
 
 
さっき挙げたようなことを
 
あげることで良しとするということは、
あげつづけた状態が続いてないと
自分を良しとしない。
 
つまり、
 
あげる過程はもちろん
めでたくあがった後でも、
その状態をキープし続けない限り、
良しとしない。
 
 
 
何かが上がっている状態でないと、
自分を信じることができない
自分を良しとしない
自己肯定出来ないのは、
 
 
冒頭に挙げたようなことが、
 
「ないこと」
 
で、自己否定する
 
ことを、を単に信じているとも言える。
 
 
 
 
ある・上がっている
→肯定
 
と捉えがちですが、
 
 
一方、
 
あっても、なくても
上がっていても
上がっていなくても
 
結局、どちらでも肯定
 
ということを信じることだって
出来るはず。
 
 
どちらを選択するか?
どちらが正しいか?
 
は、自身で選択できる。
 
 
 
 
 
「ないこと」
で、自己否定する
ことを信じている人は、
 
「ないこと」で
 
すねたり
へそを曲げたりで
頑なになったりして、
 
なかなか、
その一歩を踏み出しにくくなったり。
 
 
 
あってもなくても
上がっていても
上がっていなくても
 
結局、どちらでも肯定
 
している人は、
 
「とらわれ」がないので、
 
スッと楽に行動がしやすく、
 
 
「ないこと」で
 
すねたりしないし、
へそを曲げたりもしないし、
頑なになったりもしない。
 
 
だから、気づいたら、
結果、得たいものを得ることに
つながる。
 
 
 
 
 
P.S.
 
と、今回のような変な話(?)は、
「心のブレーキを外す」
にも密接に関係があり。
 
このような話に、ご興味がある
という奇特な方は、
こちらからお知らせください。
 
*本日まで
 
 
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