世界は逆説で出来ている。

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正しさを優先させた結果。

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正しさは、自分自身の(本来の)感覚よりも、
世間一般でいわれている

正しそうなこと

がほとんど。

その正しさについて、自分自身の感覚はさておき、
正しさを優先させた結果、どうなるか?


ひとつめ。
自分の感覚が分からなくなる。

そりゃ、勇気も必要かもしれない。
だって、正しさを言っている人たちは
多数派だから。

自分自身の感覚に従っているのは、
少数派だ。

少数派は、やっぱり心細い。

自分の感覚が、おかしいんじゃないか?
と、自分の感覚を疑い出す。

自分の感覚を疑い出すとは、
言い換えると、自分の感覚を
なかったことにする力が働く。

正しい(とされていること)が、
正しく、

自分の感覚は、正しくないと。

 

ふたつめ。
自分の可能性を閉ざす、奪うことにつながる。

正しい見方
正しい方向性

を強制的にさせられることで、
本来、あなたがもっている

あなたなりの見方
あなたなりの方向性

を獲りにくくなったり、
そもそも出来なくなったりする。


となると、自分の感覚に従っていれば
拓けたであろう可能性を殺すことになる。


じゃあ、どうしたらよいか?


まず、出来ることとしては、
正しいとされていることを、疑ってみる。

 

正しさに自分を無理やり合わせようとなんか
しなくてもいいということ。

もっというと、

正しさが理解できなかったり

そんなことで、気を揉んだりする必要も
全くないということ。

気なんか揉んだって、そんなことに
エネルギーを奪われてしまって、
本来出せる力を出せなくなってしまう。

余計なことに、力も時間も注ぐ必要はない。

 

 

 

 
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