世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

とりあえず、でっち上げてみる。

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今回も、いつにも増して(?)変な話になるかもしれません。
 
 
どうしても、自分の無力さに、さいなまれてしまい、
その一歩を踏み出したり、そもそも
 
もっとこうしたい
もっとこうなりたい
 
というようなことすら、考える事自体がムダ・・・
 
そんな自己否定を繰り返してしまっている人も
多いかもしれない。
 
 
 
一生は短い。
だったら人智を越えた「なにもの」かに
おまかせするのも手である。
 
確か、横尾忠則氏の本でこんな一節があったかと。
 
 
 
もう、どーにでもなれ!
 
という状況だからこそ、今まで必死守ってきた何かを手放すときかもしれないし、
手放すことで、新たにもっと別の大きな何かを得ることができる。
 
 
 
なにものは、ないで、自分で勝手に何かを
でっち上げておけばいいんです。
 
なにものかで。
 
もう、何度も何度も、
 
自分の力だけでは、どーにも出来ない・・・!
 
と、僕もこれまで何度、思ったことか。苦笑
 
 
あとは、元来の面倒くさがりといいますか、
「何とかなるだろう」という性格的な部分もあるかもしれないけれど、
 
とにかく、
 
「何か」
 
におまかせしようと言う気になったタイミングがあった。
 
これは、具体的にどんなことがあったときか?
というのは、
*ホント、過去のことって、覚えてないんです。
だから、僕の記事にも過去のことについて書かれたことって、
ほとんどないんです。苦笑
 
 
もう、どうにもならん・・・
と感じたからこそ、もう
自分じゃない、「何か」に
おまかせをしようと・・・
 
それは、ある意味での「あきらめ」なのかもしれないし、
ある意味では、新たな可能性を感じ取ることが
出来たとも言える。
 
だって、どうにかなっている時は、
どうにかなっているんで、
「何か」のおまかせしようとか、
そもそも「何か」について考えすら
及ばないはず。
 
 
このあたりも、理屈として分かっていても、
どうにかなるものでもなく、やっぱり
ガツンとやられて(苦笑)、体感をしていくからこそ、
のことだとも思う。
 
 
何をどう意識するのか?しないのか?
 
結局、自分の意識が現実をつくっていくということを
考えたら、勝手に作り上げて、でっちあげていけば
いいのではないでしょうか。
 
 
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