世界は逆説で出来ている。

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どんな立派なコトバよりも、転んだ時の立ち上がり方。

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なぜ、問題、問題といっているか?
 
やっぱり、問題ってどんなに先手を打っていようとも、
何らかの形で、予期せぬ形で起こるんです。
 
もう、降ってわいたような問題が。
*何故かと言うと、あなあたに知らせるため
 
 
 
結局、
 
自分の機嫌
自分の機嫌
 
って言っているのも、
 
良い時は、機嫌なんか放っておいても良いのは当たり前なんだけれど、
豪快にすっ転んだ時に、如何に自分の機嫌を取って、立ち上がれるか?
 
結局、これに尽きるのではないかなぁと。
 
豪快にすっ転んだ時、
 
もうダメだ・・・
自分には何の打ち手も残されていない・・・
何でこんなことばかり、自分に起こるんだろう・・・
 
まぁ、大体、こんなことを思ったり、感じたりするわけで。
 
そうなってからだと、どうしても立ち直るために、
時間もかかるだろうし、そもそも八方塞がりなような
状況で何をどうしていいかも、検討がつかないようだと、
もう、本当にどうしようもないわけで・・・
 
でも、やっぱりこんなどうしようもないような状況だとしても、
そんな時こそ、自分の機嫌を取っていくしかない。
 
とはいえ、
 
豪快にすっ転んだ時に機嫌を取ろう取りしてもなかなか難しい。
 
だって、そもそも自分の機嫌を取るということを
頭で知っていたとしても、
 
それがどういうことで
どんな感覚で
何をどうしてよいか分からないから。
 
 
だからこそ、平時の時、
日々のちょっとしたことから、機嫌を取っていくトレーニングとしてやっていく。
 
やっぱり、
 
どんな立派なことを知っていたとしても、
結局、豪快にすっ転んだ時、何を支えにしていくか?
 
って、その人のその後を、大きく左右すると思うんです。
 
 
P.S.
 
あなたが支えにしているコトを、
教えてください。
 
 
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