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強烈にヤリタイコト?

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あなたは、ヤリタイコトがありますあ?
僕は、結構、昔から冷めた性格というか、特に強烈にこれが「ヤリタイ!」ということもなく、何となくここまで生きてきた。
 
どうしても、子どもの頃からの夢を、そのまま実現したみたいないことが、美談にされがちだけれど、それってごくごく少数でしなかなく。
 
 
 
色んな方のご相談を受けたり、話を聞いても、 僕も含めて、大多数の人は、
 
強烈にこれがヤリタイ!
というものなどは、ほとんど持ち合わせているわけではない。
 
 
「ヤリタイコト」がない自分は、ダメ人間なのではないか・・・ということなど、思い悩む必要は全くなく、そんな思いに駆られているのは、あなただけではない。
 
ヤリタイコトがなくて、当然
 
くらいに思っている方が正常といえば、正常なのかもしれない。
 
 
じゃあどうするか?というと、別にヤリタイコト、つまり「何をするか?」って結局、どれでもよいわけです。
 
よく、ビジネス書などで挙げられる例として、
 
客は、ドリル自体を買っているわけではない
 
という話がある。
 
ドリルとは、穴を開けるためのドリルのことで、ドリル自体が欲しいわけではなく、「穴」が欲しいから、ドリルを買っている。
つまり、穴を開けるためであれば、ドリルであろうと、キリであろうと、何でもよい。
 
 
今回のテーマである、ヤリタイコトに関しても同様で、別にヤリタイコトがなければ、そもそもどんな状態になりたいのか?を先に決める。
これは、ドリルの例でいうと、「穴」
 
で、この穴、つまり得たい状態を、
 
どうしても、崇高なものに決めがちだけれど、そんなことは全く気にする必要もない。
 
ゲスいくらいが(苦笑)、いいと思ってて。
 
だって、そもそも自分の生き方=理想の状態なのに、なぜ、人の目などを気にするのか?
 
人の目を気にしていては、本来の力など出せるわけがないじゃないですか。
ゲスいくらいだからこそ、本来の力が出せるわけで。
 
 
それと、これも毎度の話なのですが、そもそも穴を開けたい(理想の状態)があるからこそ、ドリルを買おう
じゃあ、どのドリルにしようか?となる。
 
当然なんだけれど、穴(理想の状態)をあけるのか?木を切るのか?すら決まってないのに、どのドリルにしようか?、つまり穴をあける手段を、先に選ぼうとしているのって、おかしい話ってわかりますよね?
 
 
これは、ブログを書こう!という話も全く同じ。
ブログを書くことは、そもそも手段のはずななのに、それ自体が目的になって、書いた先(得たい状態)が決まっておらず、ただひたすらにブログを書くのって、なんだかおかしい話だと思いませんか?
 
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