世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

理解から入るから、いつまでも動けない。

理解できるから、やる。
理解できないから、やらない。
 
少なくとも、このスタンスでいる限りいつまでたっても、理解できる枠内に収まることになる。
 
基本的に人は理解できる範囲のことしか把握ができず、当然ながら、でも理解できていない方の部分のが大きく、むしろ理解できずに放置されていた部分にこそ、あなたのブレイクスルーポイントが隠れている。
 
怖い
不安
うさんくさい(笑)
あやしい(爆)
 
なんでも構わないけれど、理解できないという理由でやらないという選択をする事もできるし、理解できないけれど、取り合えっずやってみるという選択もできるはず。
 
 
どちらが枠を外していくことができるか?というと当然、後者。
 
だって、自分の(これまでの)認知の範囲を捉えようとしているから。
行動を伴って。
 
 
腹に落ちる感覚を感じてから、動くということも選択できるかもしれないけれど、それだと腹落ちするまで、自分の認知の範囲がひろがるのを待つ必要が出てくる。
 
理解を待っていると、その分、時間がかかるし、理解できない自分に苛立ち、
「やっぱり自分には無理」という感情だってわいてくる。
 
もっというと、腹に落ちたからといって、人は動けるとも限らない。
 
容易に認知の範囲を超える事を選択できる人であれば、枠を外すことに対してのストレスはすでに感じていないはず。
だからこそ、枠から外れた成果を得ることが出来るとも言える。(思い込みを外すも同義)
 
 
ここを頭の理解の範囲でだけ捉えていると、ずっとあなたの理解の範囲内でしか、成果を得ることが出来ない。
だからこそ、飛ばす。
 
飛ばすと、理解の範囲外を少なくともイメージする必要がある。
理解できないと思ったことであろうとも、理解ができる様になって、理解ができるようとうことは、体も自然に反応する。
 
理解を優先するから、体が動かないとも言える。
 
理解を越えたところを感じ取って、これまでとは異なった成果を得たいならば、自ら意識的に理解の範囲を越えていくことで自分自身の枠を越えて思い込みをどんどん外していくことができるようになる。
 
 
そもそも、何のために枠を広げて行く必要があるのか?
というと、当然、あなたの可能性を広げていくためにほかならない。
 
狭い範囲内での理解・ジャッジをしているからこそ、相応の成果であって、理解・ジャッジを広げれば相応の成果を得ることができる。
当然ながら。
 
 
現在・過去を一切無視したゴール設定を!と常々いっていることにも、もちろんつながっている。
 
 
 
生きたいように生きることを阻害する3つのコトとは?
 
 
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