世界は逆説で出来ている。

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ヤりたくないことを無理やりやっているうちに…

ヤりたくないことって、誰しもあると思う。
 
で、このヤりたくないことなんだけれど、何らかの理由で無理やりやらなきゃならないことって、ある。
このやらなきゃならないことって、意外とどーしてもやらなきゃいけないか?というと、意外とそうでもなくて。
 
これも、思い込みではあるのだけれど、何が問題か?というと、ヤりたくないのに、自分を奮い立たせて、どーにか、こーにかやっていると、ヤルことが、面倒になったり、億劫になる。
 
色んな人のゴール設定の話を聞いたり、引き出したりをしていると、結構、多いのが、「何もしたくない」状態でありたい。
 
 
いいんですよ。
もちろん、何もしたくないということでも。
 
 
でも、「何もしたくない」にも、二種類あると思っていて、
 
積極的な何もしない。何もしないの効用を理解していて、積極的に何もしない。
 
逃避的な何もしない。ヤりたくないことを無理やりやっているうちに、「やる」こと自体に抵抗感などを強く感じてしまって、何もしたくない。
 
 
どちらも、「何もしない」 なんだけれど、中身というか質が全く異なってくる。
 
前者は、どちらかというと、創造的な「何もしない」
 
ボーっとすることで、脳は逆に活発に働く部分があって、そんなぼーっとしているときこそ、ナイスなアイデアが浮かんだりするもの。
 
散歩中、シャワーを浴びている時、リラックスして茶をしているとき・・・
などなど、あなた自身も経験があるかもしれないけれど、何かを一生懸命やったり、あれやこれや手をつくしているときよりも、意外とふと
力を抜いたときのほうが、良いアイデアが出やすい。
 
で、そんなアイデアなので、試したくて、ヤりたくて、ウズウズする感じ。
衝動ですね。
 
 
後者は、逃避なんで、ただ避けたい欲求からの「何もしない」
もちろん、これはこれでOKなんだけれど、単に逃避という目的でしかなく、それ以上でもそれ以下でもないだけ。
なんだけど、何かを得るためには、何かを「する」必要があるのはもちろんなのだけれど、この「する」という行為自体を、自分自身でブレーキをかけてしまうと、得られるせいかも当然ながら限られてしまって。
 
 
面倒くさい
億劫だ
 
と。
 
だからといって、自分を奮いたたせる必要もないのだけれど、そんな時はやはり自分の機嫌をとっておくことで、「これをしたい!」という衝動も自然とわいてくる。
 
 
 
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