世界は逆説で出来ている。

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「頑張る」は、やめることが出来るって知ってましたか?

「頑張る」は、やめることが出来るって知ってましたか?
 
前にも、何度かお伝えしていることではるのだけれど、「頑張るぞ!」とか「やるぞ!」って気持ちが湧く時って、方向性がズレていることが多い。
頑張るというのは、自分に変な力が入っている証拠でもあって。
 
もちろん、人間なんで、気持ちの上がり下がりがあって当然だとは思うけれど、そーゆーことも踏まえても、何かを頑張る!というのは、方向性としてはズレている。
 
 
でも、意外と、変な力が入っていることに、自分では気づかない。
 
頑張ることが、良しとされる世の中で、何かというと、二言目には「頑張ってね!」とか言われることが多い。
 
僕からしたら、
「うっさい!」
「放っておいて。勝手にやるし。」とかって、内心思わなくもないのだけれど。
相変わらず、我ながら、偏屈な性格ですね。www
 
だから、僕のクライアントにも、決して「頑張ろう!」というコトバはこれまで掛けたことはない。
代わりに、掛けるコトバとしては、
 
楽しみましょう!
サクッと、やっちゃいましょう!
大丈夫!
 
と、声を掛けられる側としても、気持ちがフワッと軽くなることを意識して伝えている。
 
やっぱり、「頑張って!」と言われた側としては、「ムム・・・頑張らねば!」となってしまうから。
僕のような偏屈な人間は・・・まぁ、このあたりにしておきましょう。w
とはいえ、頑張ろう!と思えば、頑張る現実が現れるとも言えて。
*現実は、内面の結果だから。
 
 
やっぱり、「コトバには力がある」と強く強く認識しているので、ひとつひとつのコトバは選んで使うようにしているんです。
*ただ、誤字脱字がたまに(頻繁?)あることに関してはご勘弁を。。。
 
これらの認識に関して、正しいとか正しくないとかは、どーでも良くて、いつもお伝えしているように、自分なりの定義付けを、どれだけ持っているか?次第だと思うのです。
 
定義付けといっても、辞書的な意味合いではもちろんないし、語彙力があるとかないとか、そんな話でももちろん、ない。
どれだけ、普段、当たり前に使っているコトバに対して、意識を向けているか?
 
「頑張る」というコトバ、ひとつとっても。
 
人からとやかく言われることでもなく、世間一般的な定義付けもどーでもよく、自分なりの定義をどれだけ持っているか?
 
 
で、「頑張るをやめる」といっても、何もするな!といいうことを言っているのでは、もちろんなく。
同じ「やる」でも、方向性の問題で。
 
やり方が間違っているとかというよりも、もっとサクッと成果を出せる方向性ってあるでしょ!ということ。
「力み」がある時には見えなかったことでも、「力み」が抜けて、リラックスした時にこそ、見える方向性だったり。
 
 
スコーンっと、成果が出る時って意外とふと力が抜けた時、もうあれこれ考えて考えて疲れ切って、忘れた頃に気づいたら、「あれ?なにこれ、いつの間に??」
というようなことが結構ある。
あなたも、これまで経験ありますよね?
 
その感覚が、超大事。
 
 
 
得たい成果は、
 
一体、どこからくるのか?
いつくるのか?
 
こーゆーことを、ギリギリと歯ぎしりをしているような状況にいる時は決して来ることはなく、もう歯ぎしりするのをやめた頃、に成果ってやってくる。
 
 
だからこそ、
 
常に自分の機嫌をとること
力を抜くこと
リラックスすること
 
これなんですね。
結局。
 
「頑張ること」では、決してなく。
 
 

 

 
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