世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

自信のなさと、ド凄い自分と。

自信のなさって、結局、他人の評価ばかり気にしているからなんです。
 
他人の評価なんて、人それぞれ違っていて当然で、
Aさんには評価された
でも、Bさんには評価されない。
 
Xという場では、評価された。
でも、Yという場では評価されない。
 
当然ながら、人の評価なんて、バラバラなんです。
*もっというと、時間とともに、評価なんて簡単にひっくり返ることも、しょっちゅう。
 
そもそも、そんな他人の評価などに振り回されること自体、どーかと思いません?
 
他人からの評価
他人の目
 
自分ではない、【他】に視点の軸があるから、どんどん自分の軸が揺らいでいく。
 
 
やっぱり、自信を持つことといってしまったら、とても単純なことではあるのですが、意外とこの自信を持つことが出来ないんですね。
 
あれこれやることは分かっても、結局、自信がなかったら、
うぅぅぅ、自分にはムリっす。
 
と、結局、【ヤラナイ】を選択して、さらに「自信のなさ」を強化していくんです。
自ら。
 
これは、お金も同様で、「100万円が欲しい!」といっても、いざ100万円が得られる事実が近づいていると、「自分は受け取っていいものだろうか・・・」と疑心暗鬼に陥って、目の前にあるのに結局また、遠ざける。
受け取っちゃえばいいのに。
 
 
そう、自信のない人は、自信がなくなる選択を、自らして、さらなる自信のなさを引き起こしている。
 
 
 
「整える」と僕は呼んでいるのだけれど、この「整える」ことが出来ると、正直、何をやってもうまくいくんです。
 
だからこそ、いっつも言っているように、「方法論にとらわれない!」というのも、ここに関係してくる話で。
何か、特別な方法をとれば、スイスイとコトが運ぶとでも思っている方が、未だに多くいるのだけれど、やっぱり、方法じゃないんです。
自分に自信がないから、方法論で補おうとしているのでしょうけれど、仮に「ド凄い方法論」があったとしても(そんなもんないけれど)、結局、その方法を運用する側に自信がないと、運用なんか出来ないんです。
 
方法論が、ド凄い必要などなく、
自分が、ド凄い必要はあるんです。
 
自分が、ド凄ければ、万事OKなんです。
 
ド凄い自分といっても、飛び抜けた成果を上げているとか、誰も持っていないような、能力・スキルを持っているというわけではもちろんなく、単に「整っている」というだけ。
 
 
方法論が、しょっぱかろうと、しょぼかろうとも、ド凄い自分が運用していれば、ド凄い成果が上がる。
 
 
同じ方法を採っているとしても、うまくいく人と、うまくいかない人の差って、
 
結局、
「整っているか?」
「整っていないか?」
 
この差でしかない。
 
 
方法が大事だ!と思っていると、「どこかに、良い方法がないかなぁ??」と、暇さえあれば、ブログ読んだり、本を読んだり、色んな人の情報をチェックしたり・・・
そんなことをして、人に依っては、もう何年もそんなことを続けて、成果は上がったのでしょうか?
 
 
そんなことに、無駄な時間・お金を費やしているくらいならば、先に「整える」ことをすればいいんです。
整えることが出来れば、ナイスなアイデアもバンバン浮かぶし、最適な方法だって、バンバン目の前に現れてくるんです。
 
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