世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

発狂寸前。

狂ったこの世で気が狂うなら、気は確かだ 
 
たしか、シェイクスピアだと記憶しているのですが、このコトバが、どんな文脈で、どのような意味合いで使われているか?は、全く知りませんし、僕は興味はないです。「シェイクスピア」という、名前を聞いたことがある程度で、どのような人なのか?はよく知りませんけど、冒頭に挙げたコトバが妙に頭に残っているんです。
 
 
僕は、社会不適合者って公言してるくらいなので、何度もお伝えしているように、いわゆる一般的な生き方に、適合をすることは、もうとっくに、やめているというか、オリているんです。
 
 
そもそも、あ、ムリだ・・・と早々に、思ったのです。
 
 
じゃあ、そのムリなことは分かったけれど、でも、食っていくことをしなければならない。
 
 
外を内にあわせるのか?
内を外に合わせのか?
 
ということを前に、お伝えしたことがあったかと思います。
 
 
本来、自分は自分であって、それを無理やり外に合わせようとするからこそ、ムリが出てくわけで。
 
僕は、そういう意味では、はなから、適合しようなんて、思ってないんです。
 
 
社会に適合なんかしなくても、生きていける
 
そっちに「解」があると思っているから、そっちに向かって、歩きだして、「解」をみつけた。一方、「解」がありそうなのはわかるのだけれど、ま、「自分はこんなもんか」と、半ば諦めて、無理やり適合させていくか。
 
 
どちらが、正しいとかでは決してなく、自分で選んでいけばいいと思うんです。
 
 
色んな方の話を聞く機会はあるなかで、ほんと発狂寸前の方って、意外といるんですよね。
セッションなどでお話を聞いていると。
 
おそらく、その方々は、普段の生活では、「普通」を装っているのだけれども、内心は、もう、いつ発狂してもおかしくないという。
世間一般的には、「良い会社」という会社にお勤めであったり。なぜ、僕のような社会不適合者に(苦笑)・・・とも思わなくもないのですが、その方、本来の姿としては、適合などしたくないという想いがあるのでしょうか。
 
 
まぁ、その感覚って、ごくごく正常だと思いますよ。
 
 
正気を保つために、
 
本来の自分に近づいていくのか?(世の中が狂っているという前提で)もしくは、
 
もう、開き直って、本来の自分なんか一切無視して、発狂しそうになりながらも、適合したフリをずっとしていくか。
 
 
この、どっちかだと思うのです。
 
で、僕は日頃、お伝えしているように、「本来の自分」ということを何度もお伝えしているし、そのための考え方・ヒントをこれまで、ずっとお伝えしているわけです。
⇒つまり、生きたいように生きる
 
何度もいいますが、どちらを選択しようとも、あなた次第。
 
 
で、僕と同じように、
 
適合ムリ!
 
と感じている方にとっては、 コンテンツメーカー的な生き方が、最良の生き方だと思うのです。
 
 
 
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