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世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

「書くこと」が出来れば、何とかなる。

言語化
コトバにする
 
つまり、「書くこと」が、大事!
って伝えているけれど、
 
 
コトバと向き合うということは、とりもなおさず、
「自分と向き合う」ということでもある。
 
自分は・・・
何をどう考えているか?
何について、どのように、定義をしているのか?
何をどうしたいのか?
 
 
このあたりを曖昧にしていると、
曖昧なことしか返ってこない(目の前に表れる)。
当然ながら。表れる
 
 
 
言語化といっても、うまい文章を書かねば…
 
など気にする方がとても多いけれど、
それってお勉強発想、お受験発想。
 
あってるとか、間違っているとか、
全然、そーゆー、ことじゃない。
 
他の誰かから、点数をつけてもらったり、
する類のものでは決してない。
 
 
別に好き勝手に、発想してみればいいのに、
制限つけて、つまんなくしているのは、
他でもない自分。
 
 
「自分は、このくらいかな・・・」
と制限つけているのも、結局、自分。
 
 
コトバにすること。
これが、出来るようになるからこそ、
あなたにとって、しっくりくる生き方
だって出来るようになる。
 
 
他からの借り物では決してなく。
 
 
コトバを何となく扱っていれば、
何となくにしかならない。
 
 
日本の北の方へ行くのか?
北海道札幌市の海鮮丼がうまい○○(店名)へ行くのか?
 
明確にすればするほど、得られる成果も
明確になるのは当然。
 
 
曖昧
もしくは、コトバにすらなっていないならば、
 
「それ」が得られなくて、当然。
 
 
得られないのは、スキルとか経験以前に、
あなたが結局、「どう在りたいかの?」
が不明瞭なだけ。
=コトバになってない。
 
 
このあたりをコトバにするからこそ、
何をすべきか?もコトバになる。
⇒おのずと、明確化される。
 
コトバと向き合うこと、
ひたすらコトバにする
言語化していく、そのものが
あなたのゴール設定にもつながる。
 
 
裏を返すと、「書くこと」が出来れば、
何とかなる。
 
ゴール設定をコトバに出来たなら、
あとは何が必要か?をコトバにしていく。
 
別に、自分で何もかもやる必要もないですよね?
足りない部分、やりたくない部分があったら、
得意な人、喜んでやってくれる人をみつけて、
お願いすればいいじゃないですか。
 
お願いする人は、どんな人?
お願いする人に、あなたの存在をしってもらう
そして、実際にお願いするのも、コトバ。
 
だからこそ、「書くこと」が出来れば何とかなる。
 
 
編集後記
 
風邪気味で全然、出来なかった水泳をやっと再開。
 
 
「しっくりくる感」がある生き方の実践
 
 
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