世界は逆説で出来ている。

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「真っ当な生き方」に逃げない。

最近、あまりにも「真っ当な生き方」をしてなさ過ぎて(苦笑)、
そもそも「何が真っ当だったけ?」ということすら忘れてしまいました。
 
 
 
何をもって、「真っ当か?」ということは、
かなり人に依って異なるとは思うのだけれど、
もっと突っ込んでいうと、それら「真っ当」は
ほぼ思い込みで、出来ているのではないか?
 
 
 
世間一般で言われるような、
 
偉い人
出来る人
褒められる人
良い人
 
そんなことを、目指しているからしんどくなるだけで、
目指してどーすんですか?
 
しんどさの原因のほとんどは、他者の価値観に自分を
無理やり合わせようとしたりすることからではないか?
 
 
 
特に日本は、目に見えない「同調圧力」が存在していて、
なんとなく流通している「真っ当な生き方」があって、
それらに沿って生きるのは、考えようによっては楽なこと。
 
 
だって、自分と向き合うこと無く、外野から
 
こっちがいいよ~
これが真っ当な生き方だよ~
 
って言われて生きていくことだから。
考えなくて良いわけ。
 
 
で、ここからがポイントなのだけれど、
ある意味、一見すると「楽な生き方」は
実はしんどくもなる。
 
だって、自分の価値観と向き合うことなく、
他者からの生き方に沿って生きているので、
何だか「自分を生きている」感がないし、
しっくりこないし、座りが悪い。
 
 
一旦、その「真っ当のレール」に乗ってしまうと、
降りようと思っても、なかなか降りることも
できない。
 
降りてしまった途端、自分と向き合う必要にせまられるからね。
そーなると、結構、人によってはおっかないかもね。
 
 
これまで、考えたこともなかったようなことを
考えざるを得なくなる。
 
というか、こっちの方が、僕は真っ当だとは思うのだけれど。
*冒頭で言ったように、「真っ当」の定義は人それぞれね。
 
 
あなたが考える、「真っ当さ」について、
教えて頂けたら嬉しいです!
 
 
 
以上、社会不適合者の戯言でした。
 
 

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