世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

ジリジリとした感覚。

ゴールに向かう過程で、誰しも感じること。
それは、障害。
 
 
この障害が出てくるたびに、ゴールまでの
道のりが遠のく感じだったり、
そもそもムリなんじゃないか?という
感覚が襲ってくる。
 
 
降って湧いたような障害。
 
 
何とも言えない、この「ジリジリした感じ」
もちろん、僕だって、スーパーマンじゃないし、
そもそもが相当なへっぽこなんで、
そんなことが一度や二度ではない。(汗)
 
 
 
この感覚。
もう、「来た来た」くらいに捉えるしかないと思っていて、
来ることは分かっているのであれば、その「ジリジリした感じ」
に対する自分の捉え方を変えるしかない。
 
 
 
で、最終的に問われるのは本当に、心底
ゴールにたどり着きたいかどうか?しかなく、
そうでないから途中で放り出したりする。
 
だからこそ、本当のゴール設定をする意義がここに
あるとも思う。
*この辺りについては、また改めて
 
 
話しを「ジリジリした感じ」が目の前に
現れた時のことに戻すと
 
その「ジリジリとした感じ」の原因である、
障害
問題
 
これらをどのように捉えるか?
 
 
人に依って、捉え方の感覚は異なるのだろうけれど、
僕の中では俯瞰したようなイメージ。
 
 
障害
問題
 
そのものを直視することはもちろん、大事なこと
なのだけれど、障害・問題ばかりに焦点がいき、
打ち手自体も、これまでと同じような打ち手ばかり
していたのでは、恐らく解決には至らない。
 
では、どうするか?
 
 
そこで、俯瞰すること。
俯瞰することで、これまでとは全く別の
突破口がみえたりする。
 
コレ自体を成長と呼ぶこともできるかもしれない。
 
 
障害
問題
 
に直面している時は、必死なのだけれど(苦笑)
 
 
一皮むけた
バージョンアップした
 
こんな感覚を体感できるのは、その必死さを
乗り越えた先にしかない。
 
 
これは、映画でも小説でも、さらにはもちろん
あなた自身も、僕自身も
 
良い方向にいくきっかけというのは、
振り返ってみると、どん底がきっかけだった
 
ということは往々にしてあることで、
そう考えると障害・問題も捉え方
次第だなぁと。
 
 
この「捉え方」をもっと別の角度からいうと、
障害・問題が目の前で起ころうとも、
それ自体に右往左往しない
 
外部で起こることを基準にしない
 
 
つまり、何が目の前で起ころうとも、
自分の機嫌をとり続ける。
 
 
目の前の現実を変えようとする前に、
大前提として目の前に起こる事象
対しての、自分の捉え方そのものを
変えてしまう。
 
 
どんなことが起きようとも。
 
 
負け癖
逃げ癖
 
みたいなことって、その場しのぎには
なるかもしれないけれど、
結局、どっかで、あれこれ直面する
ことになる。(苦笑)
 
 
なので問題を直視するのは、問題が大きければ
大きいほどしんどいのだけれど、それを
真正面から直視するだけでなく、違う角度からも
捉え直して、問題そのものを捉え直してみる。
 
 
もう、手を尽くせない状態を、
八方塞がりというけれど、
八方が塞がっているなら、
上に行くとか下に行くとか。
 
 
そんな感覚。
 
 
で、過去や現在から障害や問題を直視
していたのでは、恐らくナイスなアイデア
出てこないので、理想像みたいな人間がいて、
その人間であれば
 
どんな対応をするか?
どんなアイデアを出すか?
 
と考えてみる。
 
 

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