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手垢のついた才能を追い求めるのか?それとも。

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手垢のついた才能というのは、誰がみても
すげーってなるようなこと。
 
走るのが早いとか
絵がうまいとか
計算が早いとか
記憶力が良いとか。
 
 
 
確かに、ある程度までは、上達するかもしれない。
ある程度までは。
 
でも、それより上にいくためには、
相当な集中・没頭が必要。
本人は、上に行こうという意識はない。
単に、やりたいからやっている。
 
相当な集中・没頭は、人から言われてやるような
ことは恐らくならない。
 
自らすすんでやるからこそ、集中・没頭する。
 
 

 
 
 
 
 
 
小さな子供は、大人が見てもまったくおもしろくない
 DVDを何度も、繰り返し見ます。
 
 あるシーンが「ツボ」に入ったら、
 そこだけを何回もリピートして見て、何回も大笑いしている。
 
 
 大人の感覚世界からすれば「無意味」でしかない
 シーンであっても、その本人には、大きな価値がある。
 
 
 僕は、こういうところにこそ、
 本当の「才能」の芽があるのだと考えるのです。
 
 周囲からみてどれほどそれが無意味で、無価値に見えようとも、
 その人間が集中しているものを邪魔してはいけない。
 
 なぜなら、何かひとつのことに没入した経験によって、
 才能というのは花開くからです。
 
 
 「将来、収入アップにつながるから」
 
 「上司からやれと言われたから」
 
 といった理由があると、
 僕らは本当の意味で物事に没頭することが難しい。
 
 
 そういう社会的、あるいは論理的な理屈付けなく、
 「それ自体」に没入するということ。
 
 それが僕のいうところの「集中」です。

 

 
 
 
 

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