世界は逆説で出来ている。

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情報の受け手である限り、得ることのできない感覚。

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情報の受け手
情報の送り手
 
 
 
何かを与えられる側であるのは、楽。
人間の多くは、楽をしたい。
だから、殆どの人は、受け手の側でいる。

 

 
送り手は、受け手にはない、負荷がかかる。
 
 
しかし、情報の受け手の側でいる限り、
得ることができない感覚がある。
受け手の側でない、送り手であるからこそ、
得られる感覚はいくつもある。
 
その中の大きな1つ。
 
それは、
 
モヤモヤした状態の言語化(=明確化)
ができるようになるということ。
 
 
 
これは、自分自身のために言語化(=明確化)だけでなく、
モヤモヤしている相手に対して、言語化(=明確化)して
提示をすることだってできる。
 
たとえば、このブログを日々、更新することだって、
情報の送り手として、言語化(=明確化)を日々、
行っている。
 
結果的に、日々、トレーニングをしていようなものだ。
 
 
小さい頃から、授業のような形で、【情報を受ける側】
でいることに慣れきってしまっていると、情報は受けるモノ
という感覚がどうしても染み付いてしまっている。
 
 
つまり、自ら主体的に何かを考えたり、自分なりの価値観を
明確にしたりということがし辛い、できない状況でもあるといえる。
 
 
そんな状態だからこそ、受け手ではなく、送り手。
 
これは、自ら意識的に動くしか方法はない。
 
 
 
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