世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

ブログで伝えたい事は一つ。多くても3つ。

ブログで伝えたいことは、できれば一つ。
多くても3つに絞る。

なぜかというと、ある程度、絞った状態で
書かないと、「ブレる」からだ。

「ブレる」と相手には伝わらない。
伝わらないブログは、

「今日は◯◯しました」というブログになってしまう。
*日記的なブログが悪いと言っているわけではなく、
僕はブログをそのような使い方をしていないというだけ


じゃあ、何を絞るか?というと、

「誰に」
「何を」

ということを徹底的に絞る。


絞るといっても、具体的にイメージできない人のために、
僕はどのように絞っているか?
その具体例。

僕が伝えたい事は、

周囲の価値観にとらわれて、
生きにくさを感じているいる人に(誰に)
生きたいように生きるためのヒント(何を)

について、日々、様々な角度から、綴っている。

そのために、
会社や国などに依存せず、自立してお金を
稼げるようになる必要があるので、
その方法を伝えたり、

伝えたい人へ伝えるために、言語化の
スキルをアップさせる必要だってあるから、
その方法を伝えたり、

小さい頃から、刷り込まれている価値観を
リセットするための、方法のひとつとしての
海外生活だったり、
*海外生活はそれだけが目的ではないけど。

僕が感じてきたようなことを、子供に味わせたく
ないから海外で教育をしたり、

社会不適合者だって、不適合者なりの
生き方だってあるよ
「もっと、気楽に生きよう」だったり。苦笑


この、
「誰に」「何を」


という軸さえバシッと、決まりさえすれば、
ブログを綴ることはそれほど難しいことでは
なくなるし、さらに良いことに、

読んだ相手に

・刺さる
・伝わる

ブログにすることができる。


逆に、この「誰に」「何を」の部分が
決まらないことには、方向性の定まらない
ブログになってしまう。

方向性が定まっていない、いいかえると、
きちんと言語化できていない状態だと、
他のあらゆることについても、曖昧な
状態になってしまう。


ブログは、言語化のための補助ツールとも言える。


アウトプット(言語化)という視点があると、
日々の生活もアウトプット前提でものを
みるようになる。


たとえば、本を読むことだって、単にこれまでは
自分のためだけに読んでいたことを、何かブログ
に活かせないか?という視点で捉えるようになる。

そうすると、単に読んでいたときとは、異なる
読み方に必然的になるはずだ。


もちろん、本に限らずだ。

どこかへ旅行しても、食事に行っても、
映画をみても、誰かと話をしていても。

 

 

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