世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

カンニングは悪いことか

学生時代は、カンニングは悪いこととされていた。


自分でどれだけ、学習してきたか?
試験では、その学習習熟度を試すものだからだ。

対象は、「個」

個そのものが、どれだけ習熟しているか?が重要だった。


しかし、社会にでてみたらどうか?


実は、「個」ができることなどしれている。

さらにいうと、学習といっても、誰からかテキストや教科書を与えられて、
その範囲内のことを学んでいれば、日々の問題を解決できるか?というと
全くそんなことはない。

むしろ、想定されていない問題の方が、日々、怒る確率が高い。


では、どうするか?というと既に出来ている人から、学ぶ・盗むということだ。

ある土地で、いくつもの事業をしている社長がいる。

幼稚園をしたり、葬儀場をしたり。

まさに、ゆりかごから墓場まで

もちろん、自分自身でビジネスを構築しているのだけど、
その多くは既にうまくいっている人から教えてもらいながら、
「マネ」をしてビジネスを構築しているとのこと。

何も、ゼロから自分でやる必要もないし、技術なども自分でゼロから
習熟していくことも全く必要がない。

教科書やテキストがそもそもないなら、自分でどんな教科書・テキストが
必要なのか?を自分で設定をしていく必要がある。


ということで、ビジネスを構築していくには、どんどん人の真似をして
カンニングをしていく。


こんなことを言いながらも、僕自身、人の真似をすることに対して、
非常に抵抗があった時期があった。

「人がやっていないビジネスを構築する」
「新しいアイデアでビジネスを構築するんだ」


こんなことを考えていた。


たまたま、あるアイデアでビジネスがうまく回ったことがあったので、
そこで、自分のアイデアでやろうとしてしまうことがベースとなってしまた。


イデアは、とても曖昧で、計測しづらい。