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世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

「他人の時間割」で生きること。「自分の時間割」で生きること。

僕らは、小さい頃から「他人の時間割」で生きることを【強制】されている。
 
たとえば、小学校。
月曜日 1時間目は国語。2時間目は理科・・・
火曜日 
 
 
さらには、中学校、人によっては高校、大学と続いていく。。。
 
そして会社では働く場合も、◯時に出勤ということが「他人の時間割」に
よって【動かされていく】
 
 
「他人の時間割」を与えられた人たちが、集まって、「他人の時間割」の中で
あれこれ悩んで生きている。多くの人は。
 
 
友人との関係、上司や部下との関係、親との関係、
教師との関係、取引先との関係・・・
 
 
与えられた、「他人の時間割」へ押し込まれたことによって、
同じように押し込まれた人同士で【人間関係】に煩わされる。
 
僕みたいな人間は、3日も経たずに、精神が破綻する自信がある。
 
 
「他人の時間割」を与えられることに慣れすぎると、「時間割」は
与えられるもので、「自分の時間割」を創ることすら考える余地もなく、
ただ淡々と「他人の時間割」の中で生きていく。
 
それが、社会だよ
って言うかもしれない。
 
 
「他人の時間割」
「自分の時間割」
 
どちらが良くて、どちらが悪いという訳ではない。
眼前にあるモノが当たり前なわけではなく、
ちょっと違った見方をすることで、目の前にある
問題も別の角度から捉え直すことで、何か
変わることがあるのではないか?と思う。
 
 
ほとんどの人は、
 
「他人の時間割」で生きているので、「自分の時間割」などが
存在することすら考えも及ばないかもしれない。
 
今、この記事を読んでいるあなたは、そんな「他人の時間割」に
何かしらの疑問を感じていたり、「他人の時間割」ではない他の
何かがあるのかもしれない・・・
と薄々、感じていたからこそ、幸か不幸かこのろくでもないブログに出会って
しまったのかもしれない。
 
 
出会った上に、さらにはこんなところまで読み進めているあなたは、
相当の変わり者だと思う。
社会で生きていく上での、辛さも相当感じているかもしれない。
 
 
また、この記事を読んで、あなたは周りの人と、この「時間割」について
話をすることすら恐らくないだろう。
なぜなら、あなたの周りの人の多くは、あなたと同じように、「他人の時間割」
で生きているからだ。
 
「他人の時間割」で生きていると自覚している人もいれば、そんなことすら考えず、
自分を押し殺して、
「社会って、そーゆーもんだろ」
「んなこと考えてねーで、しっかり働け」
 
といわれるのがオチだからだ。
 
 
僕は、これまでの生きてきた中で、もちろん「他人の時間割」で生きてきた
ことはもちろんある。
 
小学校⇒中学校⇒高校⇒大学(?)
 
 
中学校くらいからかな。
「うわ、しんどい」って感じはじめたのは。
 
小学校の時は、田舎にある小学校に通っていて、そこそこ勉強ができたので、
何を血迷ったか、中学校受験をしてしまった。
 
運良く(運悪く?)合格したのだけど、もうびっくりした。
こんな頭の良い奴が世の中に、いるんかと。
どんだけ自分は狭いところで、調子をぶっこいていたのかと。
 
と、まぁ月並みの悩みを、様々抱えつつも、「うわー、学校しんどい」
と思いつつも、何とか死んだ目をしながらも、高校までなんとか通った。
 
学校いてもしんどいので、授業が終わったらさっさと帰宅。
もちろん、部活などやらない。
 
帰っても、何をするでもなく、学校で消耗した精神のバランスを
整えるために、ひたすら寝てたのかな。
既に、この時点で病んでるよね。苦笑
 
でまぁ、大学へいけば何とか状況を変えられるかと思い、
大学へ行ったものの、まぁ性根はそんなに変わらない。
 
高校と違って、授業などでなくても、何とか単位はとれるので、
授業など出ずに、ダラダラと。
 
 
と、このあたりの話を書き出すと長くなってしまうので、
元々はしょーもないナマケモノであって、「他人の時間割」で
生きているけるような人間ではない社会不適合者なので
やむを得ず、「自分の時間割」で生きていくことを選択した。
 
まぁ、「自分の時間割」といっても、元々きちっとした性格ではないので、
何曜は何時から何時まで◯◯をするということをやっていたけわけではない。
 
 
多少は、「他人の時間割」で生きたことがあるので、「他人の時間割」の
良さも悪さも理解しているつもりだ。
 
「他人の時間割」のメリットとしては、時間割を人に委ねることができ、
自分で決めなくて良いという楽(?)さはあると思う。
 
「他人の時間割」の中で、与えられた仕事や勉強をする。
枠を与えられ、その中で生きることができる人と、そうでない人はいる。
 
 
だからこそ、「枠」があるからこそ、生きられる人、逆に枠があるから、
生きにくさを感じる人もいるのかもしれない。
 
 
 
何度も書いているように、「他人の時間割」で生きるのが当然の世の中なので、
いざ「自分の時間割」で生きてくださいと言われても困る人が多いだろう。
 
会社を退職して、家でゴロゴロしている主人に対して、世の奥様方が愚痴っているパターン。
*家でゴロゴロすることを悪いといっているわけでは、決してない。
 
 
 
え~、思いつくままにあれこれ書いてきたけど、まとめが思いつかないので、
「時間割」については、また別途、綴るかもしれません。