世界は逆説で出来ている。

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【孤独本】孤独について―生きるのが困難な人々へ 中島 義道

・具体的には「孤独になる」とは、他人に自分の時間を分け与えることを抑えることである。
自分の生活を整理し、なるべく他人のためではなく自分のために時間を使うことである。
多くの読者は「そんなことはできない」と言うであろう。(中略)そんな曖昧模糊としたことは
信じられないという人に答えたい。それなら、あなたは死ぬまであなたのぬるま湯の日常生活を続けるがいい。
そして、小さな薄汚い世間体を抱えたまま「これでよかった」と呟いて死ねばいい。

 

・他人に押しつけられたものが苦痛を与えるとき、われわれは脆く崩れてしまう。
だが、自分が選びとったものがたとえ自分に苦痛を与えるとしても、耐えられるのである。
自分が選びとった大学、自分が選びとった結婚、自分が選びとった職業は「肯定する」ほかないではないか。

 

・われわれは小学校の頃から、ずっと孤独は「いけないもの」と教え込まれているが、私はそうではないと言いたいのである。ある人(カイン型)にとって孤独は自然な生き方である。

子どもの頃は、孤独を咎められる。

みんなと元気に遊ぶことを強要される。私はそれが最も苦痛であった。

 

・孤独に徹するためには結婚はしないほうがいい、子どもはいないほうがいい、と思われるかもしれない。
しかし、かならずしもそうではない。家族を防波堤にしながら勝手気ままなことをする道もまたあるのだから。
冷たい世間の荒波から逃れて家族という温かい空間のなかでぬくぬくと暮らすというのではなく、
すべてのなまなましい人間関係を家族のうちに限定して、ヒタヒタ寄せる外界の荒波の浸食作用を防ぐこともできるのだから。
夫婦の死闘、親子の死闘だけに限定することによって、それ以上の他人との死闘を徹底的に避けることができるのだから。

 

私の敬愛する塩野七生女史は、どこかでこんなふうなことを言っている。
「結婚のいちばんの利点は、もう一度結婚しないでいいことである」。

 

・つまり、あなたは自分を含めた人間が嫌いなのだ。それはもうしかたないことである。

人間の醜さがことごとく見えてしまうあなたは、敏感なのだから。そして、そうでない人は鈍感なのだから。
あなたは自分を変えなくてもいい。それでいいではないか。だが、そういうあなたは社会的には排除される。
だから、あなたも社会から離れようではないか。
そのうえで、あなたなりに豊かに生きる道を探そうではないか。

 


・「ああ、いい人生だった」と満足して死ぬこと、「みんなありがとう、とても楽しい人生だったよ」と感謝して死ぬこと、
これは私にとっていちばん恐ろしい死に際である。そのとき、「死」そのものの絶対的不条理が隠れてしまうからであり、
それを必死に隠そうとする人々の「手」に乗ってしまうからである。

 

・最近の私の生活を描いてみよう。

私は毎日大学の研究室にゆく。
そして、鍵をかけそこに1日中居続ける。そこにはうんざりするほどの多数の本が置いてあり、クラッシックやジャズ
純邦楽などのCDがあり、油絵用具一式がある。今まで描いた油絵すべてが部屋の一隅に立てかけられている。

 


・私は、永続的な関係は煩わしいが、「ゆきずり」の他人との瞬間的な関係は好きである。

 

 孤独でいることは、

 

良くないもの

改善すべきもの

 

ではないか?と考えていたが、そんな必要は全くない。

生きたいように生きよ。

 

そんなメッセージを感じた。

 

 

 

 

孤独について―生きるのが困難な人々へ (文春新書)

孤独について―生きるのが困難な人々へ (文春新書)

 

 

 

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