世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

自分のことは、自分が一番、分かっているようで、自分のことは、一番、分からないから・・・

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どんな人であろうとも、自分のことは、自分が一番、分かっているようで、一番、分からない。
 
「分かる」「分からない」とは、何か固定された、【一点】があるように思いがちだけれど、判断する自分の状態・相手、タイミングなどによって、当然、変わる。
 
 
どの一点を切り取るか?
また、切り取った一点は、「誰が」「どんなタイミング」で、ジャッジしているのか?
 
にも大いに関係してくる。
 
と、考えると、「自分は○○だ」というのは単なる思い込み。
 
切り取った一点によって、ガラリと変わるから。
 
だったら、自分で好きなように解釈をしていけばいいし、ましてや、自分を卑下する必要は全くない。
 
 

 

kaigaiinkyo.hatenablog.com

 

 

ということを、以前、お伝えしたけれど、サポートをさせて頂く中で、どの一点をどのように解釈をして、
 
背中を押すか?
一歩を踏み出すか?
 
ここを重視している。
 
 
そんな、これまで知覚をしたことがなかった、一点を切り出し、新たな解釈を加えて、「その一歩」を踏み出す。
 
その一歩を踏み出すために、「何をしたら良いかわからない」という方が多いですが、「何を」という切り口で、「その一歩」を選択している訳ではないということ、分かりますよね?
 
 
 

どうでもいいことを、どうでもいいと思える力は偉大。

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本当に大事なことって、そう沢山あるわけではないからこそ、大事なことであって。
 
あれも大事
これも大事
 
ということは、なく。
もし、あったとしたら、単なる勘違いであったり、そう思わされているだけ。
*そう思わせることが都合がいい人がいて、あなたにそう思わせているってこと。
 
 
もっというと、生きづらさを感じるのは、何かが不足しているわけでは決してなく、
 
あれも
これも
 
と余計なものを抱え込んでしまっているから。
*これらも、結局、とらわれ・思い込みのたぐいね。
 
 
抱え込んでしまっているから、
 
あれも
これも
に振り回されて、自分で自分の首を絞めているようなもの。
だから、生きづらかったりする。
 
 
どうでもいいことを、どうどもいいと思える力は偉大。
どうでもいいいことを、どうでもいいと割り切った言動は、勇気がいることだ。
 
大前提として、「どうでもいい」と言い切るためには、やはりそもそも自分の価値観を明確にしていないことには、「どうでもいい」ことに、いつまでも振り回されることにもなる。
 
この「価値観」ってのがまた、曲者で(苦笑)、ホントに自分の価値観なのか、刷り込まれた価値観なのか?そのあたりの判断が難しいこともある。
 
ただ、自分本来の価値観なのかどうか?をチェックする方法はある。
 
自分本来の価値観なのか?
それとも、周りから毒された価値観なのか?
 
 
 
 

 

外交的、積極的なことが良いとされる世の中で

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外交的な人
積極的な人
 
 
今の世の中って、こうした人が生きやすく、評価されやすい世の中になっている。
 
でも、もちろん
内向的なひと
内気なひと
消極的なひと
 
も世の中にはいるわけなのだけれど、どうしても割りを食いがち。苦笑
 
割を食うだけならまだしも、
 
内向的な自分は駄目だから、無理して外交的な人間を演じ始めたら、もう大変。。。
 
過去に、外交的な自分を演じたことがある人であれば、分かることだは思うけれど。
 
 
内向的であるならば、内向性を認めて、こもればいい。
こもって、内面を深掘って、深掘っていく。
 
ただ、深掘っているだけでは、誰にも認識さないから、アウトプットだけはしていく。
 
ネットの発達で、内向的な人も、やり方次第では、とても生きやすい世の中になってきている。
 
 
社会一般がどうであれ、自分の特性を理解して、自分をどう活かしていくか?
結局、生きやすいようにするのは、自分の選択次第。
 
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背中を押す係。

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不安や悩みで「その一歩」を踏み出せない人って、やはり多い。
 
で、僕の役割って何か?というと、「その一歩」を踏み出す、
 
きっかけ
背中を押す係
 
だと思っているんです。
 
何かを手取り足取り教えたり、教わったりすることって、一見、丁寧なようでいて、実は【依存】を生み出すことでしかない。
 
【依存】させる側からしたら、相手から【依存】してもらっているのは、ある意味、楽といえば楽。
だって、他に気がいかずに、ずっと依存をさせておけば、ビジネス的には楽。
 
 
そういう意味では、依存関係から脱却するためにも、まずは
 
「その一歩」がとても大事で。
 
「その一歩」が踏み出せないのは、やっぱりゴール設定(行き先)が見えなかったり、そもそも思い描くことを自分で諦めてしまっていたり。
 
だからこそ、ゴール設定、イメージが大事で。
 
 
リアルにイメージできる状態にすると、やっぱり
 
そっちへ行きたい!
 
という感情が湧いてくるはず。
自然と。
 
 
こっち側の話
あった側の話
 
でも伝えているように、結局、どっちの側の話を、実際に口に出している話、頭の中の話でしているか?
 
が大事。
 
 
心底、「そっちへ行きたい!」という感情が湧き上がってきたら、ノウハウなんて勝手にみつけてきたり、勝手に自分で開発したりするもの。
 
これは、子どもの教育にも似ていて。
結局、親ができることは、子どもが何を楽しいと思えるか?
そんなチャンスを与えていくことしか出来ない。
 
 
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コンテンツを コミュニケーション に変えてみる。

 

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コンテンツって、コンテンツ単体でどうにかするというよりも、発信してそのコンテンツをみた相手と、「コミュニケーションのきっかけづくり」という感覚を持つことって、とても大事で。
細かなノウハウはたくさんあったとしても、実はコンテンツそのものというよりも、コミュニケーションをとっていくということを、大前提に設計をしていくと諸々、好循環に変わっていく。
*このあたりの意識がまったくなく、単にブログを更新するだけでは、残念ながら何も起きない。
 
 
何かしら、あなたが発信したコンテンツに相手が反応した時、相手があなに強烈な興味・関心を抱くようになる。
 
これは、コントロールできるものではなく、コントロール出来ない、自分自身では些細なことであると思っていることほど、意外な反応が返ってくるもの。
 
盲点Bと読んでいるのだけれど、結局、頭の中だけに留めておいては、誰もあなたの頭の中のことを認識することは出来ないのだから、まずは外に出す(アウトプット)しかない。
 
 
で、コミュニケーションといっても、アウトプットしたコンテンツをきっかけに、相手とコミュニケーションをするというのは、当然なのだけれど、もっと大前提としては、やはり自分自身とのコミュニケーション。
 
 
自分が何を大事しているのか?
自分は今後、どんな方向へ進んで行きたいのか?
そもそも、自分はどう在りたいのか?
 
などなど、自分自身とのコミュニケーションをすることで、 自身の思考の整理でもあり、折り合いをつけていくことでもある。
 
 
この自分自身とのコミュニケーション(対話)が、何よりも大事だと思っているので、情報を受信する側だけでなく、発信する側になりましょうと、常々お伝えしているわけです。
 
受信する側だけであると(大半はこっち)、どうしても色んな「情報を取ること」に偏ってしまって、自分自身を整理することが後回しになってしまう。
自分自身の整理が出来ていないから、余計に混乱して、余計な情報をさらに取ろうとして、また混乱して・・・
 
そりゃ、混乱しますって。苦笑
 
 
だからこそ、日々、アウトプットをしていくことは、ある意味、強制的に自分自身と向き合う時間を確保することでもあると言える。
 
そんな、時間がない?
 
では、お聞きしますが、時間がないような忙しい状況下で、一体、どこに向かっていこうとされているのでしょうか。
 
自分と向き合う時間がないのではなく、向き合ってないから時間がどんどんなくなっていくんです。
逆に、きちんと自分と向き合っている人は、何に時間を使うべきか?何をしていくべきか?ということが明確になるから、時間にだって追われることなどないわけです。
 
 
 

豊かになっていく順序と、残念な人の特徴。

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やっぱり、先に与えることが出来る人って、最強だと思うのです。
 
どうしても、人って、自分がいちばん可愛いから、
 
 
自分が!
自分が!
ってなりがちなんです。
 
だからこそ。だと思うんです。
 
もし、あなたの周りに、自分の利益ばかり考えていて、「受け取ろう」「受け取ろう」
そんな言動ばかりしている人がいたら、どうでしょうか?
 
これは、成人君主になりましょう的なことを言っているわけではもちろんないですよ。
なんせ、僕は社会不適合者なんで、そんなことを語る資格は皆無です。汗
 
どこかで自分のことしか考えていないな、奪おうとするマインドだなって、気づかないと、行き詰まるんです。
 
 
成果を上げたいがために、一生懸命なのは分かるのですが、
 
自分が!
自分が!
 
そーゆースタンスの人って、どこへ言ってっも、同じスタンスなんです。
 
ある意味、軸がブレてない。苦笑
 
 
さらには、10与えたんだから、10返して!というスタンスだとうまくいかないんです。
*そもそも、与えることなく、得ようとする方も・・・
 
うまくいかないから、自分には向いてない・・・
 
そういうことではなくって、やっぱり、あなたが10与えたとしても、見返りは期待しない。
 
もちろん、ビジネス的には、きちんとやった分が帰ってくるというのは当然かもしれないけれど、
 
だからこそ、大前提として、もう没頭できることをやっている
ということが大前提になっていると思うのです。
 
努力は、裏切らないか?という話で、タレントの明石家さんまさんがこんなことをいってました。
 
努力は報われるか?報われないか?という、ラジオ番組のいちシーンで、
 
「報われるんだと思うと良くない。こんだけ努力してるのに何でってなると腹が立つやろ。人は見返り求めるとろくなことないからね。見返りなしでできる人が一番素敵な人やね」
 
やっぱり、やりたいからやっているって、最強だと思うんです。
 
10提供したら、10、それ以上で返ってこい!ってやっていたら、本人も疲れるし、相手もあまり良い気はしない。
 
自分が追求したいことを、追求して、気づいたらお金もついてきた・・・
 
こんな感覚。
 
お金って追えば追うほど、得られないって法則(みたいなもの?)がある。
 
別に報われる、報われないとかって、もちろん大事なことなんだけれど、そこばかりみていると、見えないもののほうが大きい。
 
これくらいやったんだから、これくらいの報いがあるべき・・・
 
これって、生きていく上でも、しんどい生き方だと思うのです。
 
 
あなたも思い返して頂ければ分かるように、
 
欲しい!欲しい!って歯ぎしりしている時に限って、意外と欲しいものが得られず、ある瞬間、ふと力を抜いた時にこそ、得たいものが得られる。
 
もっというと、得たいことすら忘れていた時に、ふと得られる。
 
これって、真理だと思うのです。
 
つまり、「与える(アウトプット)」と「受け取る(インプット)」のバランスだと思うのです。
 

 

あえて、無視・放置という、意外な選択。

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もちろん、何かをするからこそ、何かしらの成果を得られるということは、大前提ではあるけれど。
何でもやり込めば、コトが進むか?というと、そうでもないこともあり。
 
場合によっては、ジタバタすることが、逆に悪影響を与えてしまったり、遠回りになってしまったり。
*遠回り自体が、悪いことだとは思わないけど。
 
 
そんなときは、あえて
 
無視
放置
 
という選択をしてみる。
 
 
時間が解決することもあるだろうし、
カーっとなった頭をクールダウンさせることで、ナイスなアイデアが浮かぶこともあるだろうし、
 
 
無視
放置
 
は、場合によっては、効果的なこともある。
 
 
もちろん、何でもかんでも
 
無視
放置
 
をすればOKということではない。
 
にっちもさっちもいかない状態であれば、まず自分を整えてみたらいい。
 
 
部屋を片付けたり、
いらない物を捨てたり、
行ったことがない場所へ行ってみたり
会ったことがない人と会ってみたり
 
 
あえて、問題とは別のことに意識を集中し、問題から離れてみる。
 
 
 
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