世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

フリをやめて、フトに従う。

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フリをする。
 
自分の本心とは異なった振る舞いをすること
という意味あいだと思うけれど、
 
このフリをする理由。
 
世間一般的にはこうだから
皆がそうしているから
他人の目を気にしているから
自分の弱さを隠すため
 
もちろん、人それぞれで。
 
 
フリを続けていくからには、
結局、ベクトルが自分ではなく
他人だったり
世間体だったり
に向いている証拠。
*自分の機嫌ではなく、自分以外の機嫌を取ろうとしているということ
 
 
これでは、自分本来の感覚がどんどん失われていってしまって
当然といえば当然。
 
何をするにも、フリの感覚があり、
自分が自分じゃない感覚があり、
自分の感覚を封じ込めてしまっている。
 
 
これでは、自分の感覚がどんどん削がれていってしまって
当然。
 
 
じゃあ、どうするか?
 
自分の内から出てくる、
 
フト
に従ってみる。
 
最初は、とても小さいのでその「フト」に気づきにくいかもしれない。
だって、これまで「フト」を見て見ぬふり。気づかぬ「フリ」をしていたから。
 
でも、外向きだったベクトルを、きちんと内向き(つまり、自分)に
変えて上げることで、「フト」に気づきやすくなる。
 
 
で、この「フト」に気づくと何がいいか?というと、
自分の内からの声に従っているので、
当然、自分としては心地良いし、機嫌が良い。
 
さらに、この「フト」という感覚は、
自分の体も勝手に反応がしやすくなる。
 
だから、
行動だ!行動だ!
 
と自分を奮いたたせることだって、必要がない。
 
 
「フト」を感じ取ることが出来れば、体は勝手に反応するから。
 
 
まずは、フリをしている自分に気づくこと。
そして、自分の内から出てくる、「フト」を
感じ取って、それに従ってみること。
 
この小さな「フト」を拾い集めていくことが、
きっと自分らしく生きていくために
必要な小さな一歩であると思う。
 
 
 

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適合しているフリをするほど、自分の力が削がれている。

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いつまで、適合しているフリをしているのか?
 
フリをしているほど、自分の力がドンドン削がれていき、
そして、本来の自分からドンドンと遠のいていく
 
ことに気づく必要がある。
 
 
じゃあ、本来の自分って何か?
 
それは、フリをしていることをこれまでずっと続けていては、分かるわけがない。
 
 
その都度、その都度、じゃあ、自分はどうしたいか?
どうしたいか?といっても、
 
会社を辞めるとか、
結婚するとか、離婚するとか
 
そーゆー、人生の大きな岐路の話だけでなく、日々、小さい決断が必要な場面っていくらでもあるはず。
 
人からの頼まれごとがあったとき、それをやるのか?やらないのか?
レストランに入って、何を注文するのか?
などなど。
 
こんな些細な決断は、どんな価値観、どんな意図で決断をしているのか?
 
 
このように、日々、細かく自分の感情をみていくこと。
 
この積み重ねがあってこそ、じゃあ自分はどうしたいのか?
ということが、段々分かってくることでもあるし、
この積み重ねがなく、唐突に大きな岐路の場面で
 
じゃあ、どうするか?どう在りたいか?
 
と突きつけられても、こたえられなくてあたりまえ。
 
自分にとってストレートな決断が出来るからこそ、
自分の機嫌を取ることにもつながる。
 
逆に、適合をしたフリをしたり、自分にとって望んだことではないことを
いつまでも選択していれば、自分の機嫌がとれなくて当然。
 
 

 

不器用でもいいじゃない?ある種の、開き直り。

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器用に生きようとして、出来ない自分に苛立ちを覚える必要もなければ、 ムリに何かになろうともせず、 不器用なら不器用なりに、出来ることを考え実行していく。
 
不器用だということは、自分が一番理解しているはず。
 
僕も僕自身が、非常にドン臭い(苦笑)ことを、よく理解している。
 
 
まぁ、ある意味、開き直っているわけです。
そんなことで、もう、悲観などしていない。
 
もちろん、悲観したこともあった。
ちょっとだけ。苦笑
 
悲観して、どうにかなるようなことであれば、いくらでも悲観するけれど、どうしようもないことはどうしようもない。
 
 
開き直りって、ある意味、ものスゴイ力になる。
 
 
開き直ることが出来るのは、結局、どんなに不器用であろうとも、どんなに鈍くさかろうとも、とりあえず、
 
自分にOkを出すこと
自分を認めること
 
 
別に、器用じゃなきゃいけない理由なんかひとつもない。
 
器用だから、幸せ
不器用だから、不幸せ
 
ってことは、当然ない。
 
それぞれが与えられた特性をもって、その上で、じゃあ
 
どう在りたいか?
 
が最重要。

修正のお知らせ。

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目の前で起こることが、
 
辛くて
しんどいことばかり。
 
だから、もうそんな現実から逃げたい。
もしくは、そんな辛くて、しんどいことが起きないようにするためには、どうしたらいいか?
 
 
もしかすると、そんなことを考えている方もいるかもしれません。
 
しかし、残念ながら、今後、生きていく上で、何ら問題が起きないということは、あり得ないし避けることはできない。
 
じゃあ、どうするか?
 
問題が起きたときの対処法を、自分で確立しておくしかない。
 
それは、問題に対する、解決策がどーのこーのということではなく、問題に対する、自分の対峙の仕方。
 
 
もう少し具体的にいうと、
 
つらいな
しんどいな
 
と目の前で起こった問題や現実に振り回されるのではなく、その問題を引き起こしたであろう、内面について観察してみるということ。
 
なぜなら、現実は、内面の結果だから。
 
つまり、問題という形で、あなたの目の前に現れて、
 
内面を修正するタイミングですよ
 
というお知らせでもある。
 
何のためか?
 
もっと、自分として生きていくため。
 
 
目の前で起きた問題が大きければ大きいほど、
 
あぁ、もうこれで何もかも終わりだ
やっぱり、何をやってもうまくいけがない
 
と現実ばかりに目を奪われ、問題に振り回されている典型。
 
 
こんな時だからこそ、理想の状態に想いを馳せて、こんな状態から、どんな状態になっていきたいか?
そして、自分の機嫌を取っていく。
 
なぜなら、現実は、内面の結果だから。
 
そうすると、フッと気持ちも軽くなり、機嫌だって良くなるはず。
 
機嫌が良くなれば、現実だって呼応する。
 
 
何度か、こんな体験をしているうちに、問題に対峙する感覚だってつかめてくる。
 
 
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脳内辞書を、書き換える。

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僕らは、小さい頃から「他人の時間割」で生きることを
【強制】されている。
 
 
たとえば、小学校。
月曜日 1時間目は国語。2時間目は理科・・・
火曜日 
 
 
さらには、中学校、人によっては高校、大学と続いていく。。。
 
そして会社では働く場合も、◯時に出勤ということが
「他人の時間割」によって【動かされていく】
 
 
「他人の時間割」を与えられた人たちが、集まって、
「他人の時間割」の中であれこれ悩んで生きている。
 
多くの人は。
 
 
友人との関係、上司や部下との関係、親との関係、
教師との関係、取引先との関係・・・
 
 
与えられた、「他人の時間割」へ押し込まれたことによって、
同じように押し込まれた人同士で【人間関係】に煩わされる。
 
僕みたいな人間は、3日も経たずに、
精神が破綻する自信がある。苦笑
 
 
「他人の時間割」を与えられることに慣れすぎると、
「時間割」は与えられるもので、「自分の時間割」を
創ることすら考える余地もなく、
ただ淡々と「他人の時間割」の中で生きていく。
 
 
それが、社会だよ
と、言うかもしれない。
 
 
「他人の時間割」
「自分の時間割」
 
どちらが良くて、どちらが悪いという訳ではない。
 
 
眼前にあるモノが当たり前なわけではなく、
ちょっと違った見方をすることで、目の前にある
問題も別の角度から捉え直すことで、何か
変わることがあるのではないか?と思う。
 
 
ほとんどの人は、
 
「他人の時間割」で生きているので、
「自分の時間割」などが存在することすら
考えも及ばないかもしれない。
 
 
 
「他人の時間割」で生きるとは、
他人が決めた時間割で生きるということ。
 
 
「自分の時間割」で生きるとは、自分自身であらゆることを
【決めていく】必要がある。
 
 
・どこに住むのか?(日本?それとも海外?)
・1日何時間くらい働くのか?
・どんな人たちと、一緒に時間を過ごすか?
・朝起きるのは、何時?
・何をするのか?何をしないのか?
などなど。
 
 
 
自分自身で【決めていく】
これが、主体的に生きるということ。
 
 
 
あれやれ
これやれ
 
に慣れすぎて、相手から何かを与えられることに
慣れすぎてしまっている。
 
 
これでは、主体的に生きるのは難しい。
 
このようにドップリと浸かっていることに、
まず、気づくこと。
 
 
基本的に、僕がクライアントに伝えているのは、
【新たな視点の提供】
 
いうなれば、
視点提供業。
 
いつもいっているように、ノウハウなんて、調べれば
いくらでも出てくる世の中で、如何にそのあまたある
情報の中から、あなたに必要な情報(自分感覚に沿った)
を目の前に浮かび上がらせるか?
 
 
浮かび上がってきた情報を如何に取捨選択して、
自分に活かしていくか?
さらには、如何に打ち手を打っていくか?
 
このあたりが、ポイントになってくる。
 
 
 
「生きたいように生きる」とは、自らが主体的に
動きことができる人間のこと。
 
だから、
僕から「あれして」「これして」ということは言わない。
 
 
やらせるより、やりたい気持ちにさせる。
 
 
 
たびたび、人生は定義付けで決まる
とお伝えしていますが、
 
どんな定義を持っているか?
次第で今の目の前の現実が決まる。
 
 
ということは、その定義を自分の理想とする
ものに変えていくには、自身の定義を得たいもの
に対応するように変えていく必要がある。
 
 
これは、前回、お伝えした自己否定に関しても同様で。
 
自己否定の定義をたくさんもっていれば、当然、否定ばかりになるし、
 
逆に、自己肯定の定義をたくさん持っていれば、当然、肯定ばかりになる。
 
P.S.
自己否定をすることなく、「強み」と「理想とするライフスタイル」との交点をみつけるにはどうしたらよいか?
 
詳細をご希望の方は、こちらから。
*締切は明日まで
 

 

自己否定という、思考パターン。

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自己否定って、何においてもプラスに作用することってあまりない。
 
これは、単にお気楽な感じで、ポジティブでいこう!
なんてことでは決してなく。
 
 
自己否定
 
出来ない部分
駄目な部分
 
あって当然ですよね?
 
その「ない部分」にフォーカスしてしまうからこそ、自己否定のループがはじまる。
 
別に、ないものは、ないでしょうがないですよね?
 
ないものはないで、進めていくにはどうしたらいいか?
それは、ないけど、あるものは何か?
じゃあ、そのあるものを活用していくには、どうしたらよいか?
 
 
こうして、ひとつひとつ、丁寧にやっていけばいいと思うんです。
 
これを、自分の中のホンの一面だけを切り取って、自己否定していたら、生きるのがしんどくて当然。
 
ない→ない→ない→ない・・・
 
自分には、
これもない。
あれもない。
 
あの人には、
これもあるのに。
あれもあるのに。
 
 
この恐怖の無限ループにハマりこんでいくわけですから。
 
自分にあるものは何か?
「あるもの」に意識を向ければ、その活用法だって自ずとみえてくるはず。
ここでいう、「あるもの」とは、あなた自身の「強み」
「強み」とは、何かトレーニングなどして出来る様になったことではなく、なぜか分からないけど、出来てしまうこと。
 
で、この「強み」とあなたの理想の状態(ライフスタイル)との交点をみつけていくんです。
 
 
ここでいう理想の状態(ライフスタイル)は、毎度お伝えしているように、現在や過去などは一切無視です。
 
 
じゃあ、「強み」とあなたの理想の状態(ライフスタイル)との交点をみつけていくにはどうしたらよいか?
こちらで、確認をしてください。
 
 
 
 
 

 

 

 

察してください?

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以心伝心ではないですが、察してください
 
が多すぎる。
 
コトバに出来ないのか?
口に出す勇気がないのか?
 
もちろん、人それぞれだとしても、何か察してくれよというようなことが非常に多い。
 
これは、たまたまマレーシアで出会った女性と話したときも言われたことで。
その女性は、留学と就職とでトータル10年くらい日本にいたとのこと。
 
最初は、日本が好きで一生懸命に日本語を勉強した。
 
でも、一つだけ。
仕事にしろ、彼氏にしろ、なかなか、本心を言わなかったり、
 
で、日本人は、何を考えているのか、分からないということを言っていた。
 
これは自戒をこめたことでもあるのだけれど、やっぱり言いたいことを言えないってどうしても日本人らしいというか
 
 
 
苦しいなら苦しい
辛いなら辛い
お金をくださいなら、お金をください
仕事をほしいなら、仕事をください
 
 
売上が立たない・・・といいつつ、実は全然、売ってなかったり、認知されることをしていないかったり。
 
相手に言わないと。
もしくは、そもそも必要としている人に届いていないのであれば、認知をしてもらうことをしていななないと。
相手が勝手にテレパシーであなたのことを知ってくれるようなことはありえないわけで。
 
 
基本的に、人は自分のことで忙しいので、あなたに構っている暇はないんです。
だから、気にせず、どんどんアウトプットしていくと良いと思います。
 
どこかのタイミングで、あなたが出会いたい人に気づいてもらうことが出来るようになります。
ただ、大前提として、アウトプットして、あなたの存在を知らしめないことには、その相手は、あなたのことを知ることは出来ないわけです。