世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

今、「デキないこと」、「デキていないこと」を嘆くことは、ムダ。

f:id:dai88:20180922235239j:plain

 

 

「デキないこと」
「デキていないこと」
 
を嘆く人がいる。
 
非常にもったいない。
 
今の状態は、単に過去の積み重ねでの
「今」
 
じゃあ、未来永劫そんな状態なのか?
はあなたが、「今」をどのように
捉えているか?に依ってくる。
 
 
つまり、
「デキないこと」
「デキていないこと」
 
を今、嘆いていると、未来にも同じ状態が
続くことは簡単に想像ができることと思う。
 
じゃあ、どうすればよいか?
 
 
 
 
 
▼お知らせ、更新情報をお届けします。(無料)
 
 
 
 
▼お問い合わせ・ご連絡は

こちら

 
 
 
 
 

自分を変えずに、成果を上げる?

f:id:dai88:20180922063846j:plain

 

 

あなた自身のまんまで、

高く売れるのはどこ?と、探っていくのが、成果を上げていく上で一番、いいわけで。


難しいことをやっていると、何となく、やっている感あるけれど、それが成果に結びつくかどうか?ってまた別の話。


いくら、難しいことをやって自分をレベルアップ(?)させている気になっていたとしても、そんな自分を活かす場所を間違っていたら、思うような成果を得られなくて当然で。


となると、コタエって外に求めるのではなく、やっぱり内にある。

まず、内(自分)を理解して、じゃあそんな自分を活かすのはどこが最適なのか?

さらには、どう活かしていくのか?


いくら、

「これをやりたい!」といったところで、相手から求められていないことを一生懸命にやったところで、求められることは難しい。
*ただ、伝え方をちょっと工夫するだけでも、相手に伝わるケースはたくさんあるけれど。


このあたりも、結局、コトバにしていく必要がある。

自分のこと

そして、その自分のことを相手に理解して、頂くこと。
そもそも、理解して頂く相手とはどんな相手なのか?

などなど。

 

 

▼お知らせ、更新情報をお届けします。(無料)
 
 
 
 
▼お問い合わせ・ご連絡は

こちら

 
 
 
 
 
 
 

逆張り

f:id:dai88:20180920235341j:plain

 

 

多くの人は、不安がきたら
 
あぁ、不安だ不安だ。
どうしよう。。。
 
となるのが、普通といえば、普通。
 
 
でも、考えてみれば、不安ってそもそも何かしら乗り越えるべき時に大体、くるもので、考え方によっては、歓迎すべきものだと思うのです。
 
やったことがないことをしようとするから、不安を感じたり。
*自ら勝手に作り出している不安ももちろんあります。
 
 
もっというと、不安ってそもそも、人間は生きていく上で危険を察知したりするために必要な機能でもあり、それほど恐れるべきものでもなく、うまく付き合っていくしかないとも、捉えることができる。
 
 
そう考えたら、不安がきたら、
 
あぁ、不安だ不安だ。
どうしよう。。。
 
という選択も、もちろん出来る。
 
選択が出来るというより、これは、ごくごく一般的な、ふつーの流れで、無意識(何も意識していなければ)でこうなるもの。
 
 
選択することが出来きるもの、ということに考えが及んでなく、自然の流れで流れているだけという状態。
 
 
 
一方、
 
おぉぉ、不安が来た、よし!ってガッツポーズだって選択も
出来るはず。
 
こちらは、意識する必要がありますよ。
もちろん。
 
 
で、ポイントはこの「選択出来る」ということ。意識をすることで。
 
さっきいったように、意識をしていない(無意識)から、不安になる。
感情を観察していると、「あ、不安がきた」と分かる。
 
 
分かった時点で、あなたはどの選択をするにせよ、自由なはず。
 
不安を強化することも、ガッツポーズすることも。
 
 
焦点がある部分が、拡大するのだから、なおさら、自分の焦点をどこに置くか?
は細心の注意を払う必要がある。
 
 
少なくとも、この記事を読んだあなたは、選択を出来るということを、知った。
 
知ったら、どれを選択するか?はあなた次第ですよね。
 
 
流されることも選択出来るし、そうじゃない選択(ガッツポーズ)も
選択出来る。
 
 
不安の大半は、この不安ですよね。
 
 
 

「どうせ」「やっぱり」

f:id:dai88:20180920063422j:plain

前回は、「世の中(社会)」と「自分」との【ズレ】について、
お伝えしたけれど、色んな【ズレ】があって。
 
たとえば、「現状」と「理想」との【ズレ】
 
「現状」に不満タラタラで、「理想」は高くあるけれど、
一向に近づく気配すらない。
 
「現状」に満足はしていないけど、行動を大きく変えてまで、
「理想」に近づきたいとは、本気で思ってないのが、
一番悶々とする。(意外?)
 
 
 
こんな時に、出るコトバ。
それは・・・
 
お金がないから
時間がないから
経験がないから
などなど・・・
 
まぁ、言い訳なんか、挙げようとすればダンプ1台や2台分くらい、
軽く出てくるわけですよ。
 
【ズレ】を感じたまま、その悶々とした状態を
好んでいる(?)ならば、いいんです。
 
 
どうせ
やっぱり
 
と言っていれば。
 
 
そう、言い続けることが、悪いわけでは、決してない。
ご自身、選択してしているんで。
 
 
どうせ
やっぱり
を。
 
癖と一緒で、「あ、また言っている」「あ、また選択している」と
気づいた時点で、修正をすれば良いけれど、修正せずに、
敢えて、また選択しているのならば。
 
 
だから、やれ!
と言っているのではなく、
 
やらない理由を挙げたり、やれない自分を、駄目だなぁとか思う必要も、
全くない。
 
自分のことを、駄目だなぁと思うくらいなら、
「どせ」「やっぱり」が、好きなんだなぁ
くらいに思っていればいい。
 
 
少なくとも、自分を駄目だと感じるよりは、
マシだから。
 
こんな、ちょっとしたことの積み重ねだと思うんです。
自分の機嫌を取ることって。
 
 
で、そんなちょっとしたことを積み重ねて、
自分の機嫌をとっているうち、
 
どうせ
やっぱり
 
やってみよう!ってなるんです。
 
 
 

世の中に、自分を合わせていく。自分に、世の中を合わせていく。

f:id:dai88:20180919061509j:plain

 
まず、大前提として世の中と自分とのズレって、誰しも持っている。
当然ながら。
 
 
このズレをどう折り合いをつけていくか?というのは、2パターン。
 
ひとつめ。
世の中に、自分を合わせていく。
 
ふたつめ。
自分に、世の中を合わせていく。
 
 
これって、どちらも自分自身で選択出来ること。
 
前者は、世の中というものは、○○だというものが、たーくさん、あると思いますが、それら世の中で言われているような定義があって、それらに自分を寄せていくというイメージ。
 
「世の中」という、型があって、その型に自分自身をギューギュー、はめ込んでいくような。
 
こーゆーことを、ひとつひとつ身につけていくことが、大人になることなんだよ・・・?
 
 
後者は、逆。
 
○○については、××だ
 
と、あらゆることに対して、自分なりの定義を持っていて、世の中(世界)は自分でつくっていく。
 
働くも、働かないも(苦笑)ご自由に。
 
 
自分の型があって、その型に世の中(社会)をつくりたいように、つくっていく。
 
これは、世の中は自分中心に周っている(苦笑)・・・ということではもちろん、決してないですよ。
 
 
 
社会不適合者であり、
世捨て人気質であり
 
あまり、語感として良いイメージは持っていないかもしれませんが、つまりは、変に自分を世の中に合わせようとしない、適合させようとしないということ。
 
世の中で良いとされているものは、あくまで「外」のことであって、あなたの持っている感覚を敢えて「外」の基準に合わせる必要性は全く無い。
 
さらに、「外」の基準を自分自身に照らし合わせて、良い悪いのレッテルを自分に貼る必要も全くない。
 
 
 
どう、折り合いをつけていくか?については、
 
まず、あなた自身が理想とする「解」が必ずあると、確信をもつこと。
 
今は、その「解」が
 
何であるか?
どこからくるのか?
 
など、一切、心配もしない。ただ、「解」があると確信を持つだけ。そして、「解」を得たときの、感情の先取りを。
 
 
世の中に自分を合わせていくのではなく、自分に世の中を合わせていく。
 
これは、まさに、何度もお伝えしている、
 
現実は、内面の結果
 
 
世の中の型に、自分をあてはめていくのか?
自分の型に、世の中をあてはめていくのか?
 
  
@@@
 
人を救うということは、人を自立させることだと思う。
「癒やし」なんてどこにも自立がない。
 
あくまでも社会の中の個人じゃなく、
俗世から切り離された個の目覚めしかないと思う。
 
 
@@@
 
 
P.S.

省エネな仕組み構築について。

https://goo.gl/forms/NF2ognh9jSmeJekJ3
公開は19日23時59分まで

「なきゃならない」「ねばならない」は、タチが悪い。

f:id:dai88:20180917231937j:plain

 

 

「成果を出さなきゃならない」
「お金は稼がなきゃならない」
「空気は読まなきゃならない」
 
などなど。。。

「なきゃならない」
「ねばならない」のほとんどは、勝手な自分の思い込みでしかない。
 

で、この勝手な思い込みは、

何かをする時の「理由」だったり、
何かをする時の「モチベーション」

になってしまいがち。
 
 
でも、何かをする時の理由にしたり、
モチベーションにしているのは、単純にしんどい。。。
 
 
なぜなら、
 
「なきゃならない」
「ねばならない」と【勝手に】思い込み、
 
 
でもなかなか、「なきゃならない」と
思い込んでいることが出来ず、
 
苦しいのにさらに、「それ」が出来ない自分は
「ダメな奴だ」とまた、思い込みの
上塗りをしていく。。。
 
 
こうして文字にすると、改めて、
しんどいな・・・
と感じるかと。
 
 
じゃあ、どうするか?というと、
 
「なきゃならない」
「ねばならない」
 
を自分を動かす原動力にするのではなく、
 
「したい!」
 
を原動力にする。
 
 
つまり、思い込みからくるおかしな「義務感」
でしていることは、さっさと止めて、
 
純粋にしたいことをしていく
ということ。
 
 
「何を大人げないことを言っているの?」
と感じた方もいるかもしれない。
 
そのような方々は、
 
大人は~でねきゃならない。
大人は~でねばならない。
 
という思い込みを持っているのかもしれませんね。
 
 
 

P.S.

しなきゃ⇒したい
をスムーズに、ストレスなくしていくことについても、解説します。

https://goo.gl/forms/NF2ognh9jSmeJekJ3
公開は19日23時59分まで

 

「よし!いっちょ、やってみよ!!」

f:id:dai88:20180916231637j:plain

 

 

とらわれ、定義付けにも、密接に関連していることだけど、

どうも結構、いろんなことについて、深刻に考え過ぎだと思うのです。

話をお聞きしていると、どーしても難しく、複雑にしてしまっているんです。

自分自身で。

ご本人も、何となくは分かっているんですよ。
深刻に、難しく考え過ぎだということは。

やる前は、散々、

ムリだ
ハードルが高すぎる
自分には、出来るわけがない

と言ってても、あるタイミングでサクッとやってみたら、

「あれ?全然、大したことではなかった…」

と拍子抜けするようなことって、結構あるんです。

一見、高い高いハードルに見えるようなコト、

モノでも実は高いと思い込んでいるのは、他ならぬ自分自身でしかなく。

大概のコトって、実際にやってみたら、

「あ、こんなもんか」ってコトが、ほとんどなんです。

あなたも、経験あると思います。

なので、やる前から歯ぎしりをしても始まらないので、

ハードルが高そうだなぁと、一瞬、一瞬ですよ?
感じたとしても、まぁ、気楽にいこう

位の気持ちでいたほうが、意外とうまくいくんじゃないかと。

気合いを入れることで、その気合に応じて

成果があがるものならば、いくらでも気合いを

入れるかもしれないけれど、振り返ってみても、

意外と気合と成果って、連動してないんじゃないかと。

なので、クライアントとのやり取りでも、

如何に自分自身で上げたハードルを、低く感じ取れるようにするか?

つまり、先日もお伝えしたように、

不可能だと思っていることを、可能だと」感じてもらい、

「よし!いっちょ、やってみよ!!」と、なるようにする

これができちゃえば、もう、ほぼ、出来たも同然なんです。

裏を返すと、やる前、取り掛かる前から、

勝手に自分でハードルを上げるだけ上げて(苦笑)しまうから、

どうしても先延ばしをしてしまい、

結果的にやらないとか、やっぱり、自分にはムリだった…


という結論になっちゃうんです。

全然、そんなことはないのに。

励ますとは、ちょっと違って、色んな角度から、

現実感というか、出来るという感覚を如何に持てるか?

この辺りが、ポイント。

 

P.S.
 
 
こちらの無料動画をみていただくと、「出来る感覚」を
もちやすくなります。
*公開は、19日23時59分まで