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世界は逆説で出来ている。

「生きたいように生きる」ため、「生きたいように生きる人を増やす」ためのブログ

勝手に喋り出す、あなた。

あなたが理想とする1日とは、
どんな1日ですか?
 
この辺りが明確になってくると、
自ずとやることが決まってくる。
 
なぜなら、その「どんな1日を過ごしたいか?」が
あなたにとっての行き先・意図そのものだから。
 
行き先が決まるからこそ、そこに行くことができる。
逆に、行き先が決まらないと、そこに辿り着くことは
ほぼ不可能。
気づいたら、「そこ」に居たというのは、ほぼありえない。
 
 
「どんな1日を過ごしたいか?」を考えていく上で、
 
これで、書きまくる。
過去、現在などは一切無視して。
 
 
 
で、もう一つ、有効な方法。
それは、喋ること。
 
あなた自身も経験があるかもしれない。
自分が喋ったコトバに、「ハッ」と気づくことがあることを。
 
 
話すは、離す
 
といわれているように、喋ることで自分自身を客観視
することもできる。
 
 
じゃあ、誰と喋るか?
 
 
身近な人と喋ってみても、もちろんOK。
ただ、「そんなこと出来っこないよ~」
なんて否定してくる人とは、くれぐれも
喋らないように。苦笑
 
 
もし、自分の理想の1日を喋る相手がいない
知っている人に喋るのは気恥ずかしい
 
 
そんな方は、僕に喋ってください。
「どんな1日を過ごしたいか?」について。
 
それが心底、ワクワクするコトであればあるほど、
あなたはその理想の1日に向けて、ガンガン
動き出したくて体がウズウズしてくるはず。
 
 
生きたいように生きるには?
⇒ http://eepurl.com/b1bsfj
 
 

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海鮮丼を食べるのか?それとも・・・

意図とは・・・
こうしようと考えていること。
思惑(おもわく)。また、めざすこと。
 
 
 
たとえば、東京から北海道へ行くとして、
単に「北海道へ行く!」という意図と、
 
「北海道◯◯市の××という店の海鮮丼を食べる!」
という意図とでは、結果が全く異なってくる。
 
 
この意図。
 
前回も書いたように、
意図が先で、その後に何をするか?
が決まり、その何かを実行して、実現していくという
 
のが基本なので、さらに先ほどの海鮮丼の例でも分かるように、
【意図を具体的】にすればするほど、得られる結果が変わってくる。
 
 
つまり、ボヤッとした意図であれば、ボヤッとした結果。
鮮明な意図であれば、鮮明な結果が得られる。
 
超当たり前に感じるかもしれないけれど。
 
 
と同時に、意図を明確にすればするほど、やることも明確になる。
裏を返すと、意図が不明確だったり、意図がそもそもないと、
やることも不明確になる。
 
 
だから、まず最初にやること。
それは、意図を超明確にすることから。
 
 
意図を明確にするために
 
 

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「何をしたら良いか分からない!」を解消するために必要なこと。

何をしたら良いか分からない・・・
こんなご相談をよく頂くのだけれど、
考えられるひとつの原因としては、外部から
「これやれ」「あれやれ」が基本の生き方をしてきたから、
いざ「じゃあ、自分は?」ということを問われると、途端にできなくなる。
 
 
 
じゃあどうしたらよいか?というと、前回に関係しているけれど、
「仮決め」でも構わないから、まず自分の意思で
方向性を決めて、進めてみる。
 
この「仮決め」するために必要なのは、「意図」
自分の意図を持って、意識して進める。
 
 
何でも同じで、意図が先で、その後に何をするか?
が決まり、その何かを実行して、実現していくという
流れ。
 
まず、意図があるから、何をするか?も明確になる。
 
 
そもそも、この意図を考えることなく、
単に目の前に現れることを、淡々とこなすのか?
「自分だけの意図」を考えることすらなく。
 
意図がないなら、目の前のコトに振り回されたり、
流されたりしてしまう。
 
だからこそ、まずは意図。
 

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自由を求める人が、自分で自由を狭めてしまう?

行き先を「決める」から、そこへ行けるというのは、
とても当たり前のことだけれど、意外とこの「決める」
ことが難しいと感じる人も多い。
 
 
色々と理由はあると思うのだけれど、
「決める」ことで、自分の可能性を
狭めてしまうのではないか?
 
そんな、勝手な思い込み(?)を持っている方も、
少なからずいるようだ。
 
自由を獲得するために、何かをする。
その何かをするということが、自分を
制限してしまうのではないか?
 
と。
 
 
そもそも、「決めた」方向自体、
自分のワクワクに従って、「決めた」はず。
これが、大前提。
 
 
じゃあ、その「決めた」方向へ、とりあえず
進んでいけば良いわけで。
 
感覚的には、「決める」よりも「仮決め」というイメージ。
 
仮決めだから、とりあず進めてみて、「あれ?ちょっと違うな・・・」
と感じたら、さっさと軌道修正する。
 
「違うな・・・」と分かっただけでも、収穫があったわけで。
とりあえず、進めたからこそ、「違うな」という感覚を得る
事ができたので、進めていなかったら、単なる想像でしかなかったはず。
 
 
大事なのは、とりあえず「仮決め」であっても、進めてみる。
進めた時点で、また自分の感覚に従って、その時点で方向を修正していく。
 
 
 

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大ピンチ×自分の機嫌を取る=大チャンスの到来!?

自分の機嫌を取ることを何度もオススメしているけど、
状況が良いときに、自分の機嫌が良いのは当たり前。
 
 
状況が悪い、ただ悪いだけでなく、大ピンチ!
くらいのときことこそ、自分の機嫌を取る。
 
 
そうすると、不思議と大チャンスが目の前に現れる。
 
 
で、ポイントは大ピンチになる前、つまり小ピンチ(?)
のときに十分練習しておくこと。
 
 
大ピンチが現れて、「よし、自分の機嫌を取ろう!」
なんで出来ないから。苦笑
 
これは、トレーニングなので、日々やっていけば、
必ず出来るようになる。
 
 
どんなことが、目の前で起ころうとも、自分の機嫌を
とるためのトレーニングだと割りきって。
 
 
 
 

 

 

kaigaiinkyo.hatenablog.com

 

 

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働き方を数年ごとに、ガラリと更新

僕自身、これまでを振り返ってみて、
数年ごとに働き方をガラリと変えてきた。
 
 
人と会いまくる。
全く人と会わない
 
クライアントの会社へ行く
会社へ訪問することなく、フラフラ
 
移動しまくる
ほとんど動かない
 
人と話しまくる
人とほとんど話さない
 
日本で
海外で
 
スーツを着て仕事
Tシャツ、短パンで 苦笑
 
 
まぁ、振り返ってみると、両極端。
 
 
結局、何をしていたか?というと
自分にしっくりくる感覚って、
その時々で、もちろん変化するし、
しっくりくる感覚がその時に、
自分の力を一番出せることだと思っている。
 
 
だから、自分にしっくりくる感覚はどれか?
ということを常に自問自答していて、
それに応える形で現実を適応させていく。
 
そんなことを繰り返してきたし、恐らく、
今後もそうする。
 
色んなパターンを試しながら、自分の中での
「働く」を再定義していくように。
 
 
どれが正しいか?など誰にも分からない。
だから、自分でピンときたことは全て
自分の実体験を伴って、感覚を得ていく。
 
 
習慣化することの力は、とても大きいものだとは
思うけれど、昨日と同じことをすることが、
必ずしも正しいこととは限らない。
 
一度、決めたからといって、それを一生続けなければ
ならない理由などどこにもない。
 
だったら、常に自分にとって何が一番最適なのか?
ということを常に自問自答していく。
 
世の中だって、どんどん変化しているのだから、
働き方・働き方に対する考え方だって、根本的に
変えていく必要がるのではないか。
 
あなたにとって、最適な働き方とは?
 
 
 

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自分が一番、人に触れられたくない部分をどうするか?

コア発見ワークなどを通じて、色んな方をみていると、
ブレイクスルーを起こすのは、共通して
「人に触れられたくない部分」を如何に発見するか?
がポイント。
 
その部分自体をどうにかして変えるのではなく、
人に触れられたくない「その部分」を包含して、
まず、自分を認めちゃう。
 
 
基本的に、人に触れられたくない部分って、
自分が一番知っているだけに、普段、
意識している、意識していない関わらず、
一生懸命に、超必死で隠そうとしている。苦笑
だって、人に触れられたくなければ、ないほど。
 
心当たりあるでしょ?
 
その必死になって隠そう、隠そうとしていること自体が、
あなたの、【偏った、とらわれ】を生み出す原因にもなったり。。。
 
 
結局、どこかのタイミングで、人は開き直る必要が
あるのかもしれない。
 
その開き直るタイミングって、実は自分にとっては、
とてもとても痛いことだったり、ひじょーに辛いこと
だったりがほとんど。
 
痛かったり、辛かったりするからこそ、自分の弱さを
認めざるを得ない。
 
 
でも、そこで弱い自分⇒ダメダメな自分
 
と捉えるのではなく、それもひっくるめて自分だ!
ということを再認識してあげる。
*「あげる」というのが意外とポイントで、
「あげる」という感覚で、自分を客観視できる。
 
 
 
で、そう考えていくと、痛かったり、辛かったりすることって、
もちろん、避けて通りたいし、できれば感じたくないけれど、
そんな痛さや辛さだって、本来の自分を取り戻したり、
本来の自分に気づくためにも必要不可欠なこと・・・
 
というように捉えることだってできる。
 
 
 

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